ヒラリ、ヒラリ…蝶のようだ、と思った。
アゲハ蝶
―ヒラリヒラリと舞い遊ぶように 姿見せたアゲハ蝶――……
「あっ、魔法使いさん♪こんばんは〜」
ふわり、静かに。まるで蝶が花にとまるように彼女の髪が揺れる。もう完全に陽は山に飲み込まれ、青白い月が白い石畳を染める。
いや、染めているのは闇であって、月はそれを照らし光を作っているのだろう…
…まぁ…今はどうだっていいのだが。
「…っ…あ、…こん………ばんは…?」
そんな事を考えていて、返事が遅れてしまった。
何と返せばよいのかわからないので、とりあえず住人のやりとりのマネをした。
「ふふ、魔法使いさんも、外、出るんですねーっ♪」
1つ、知りました!と楽しそうにふわふわ笑う、ヒカリという新しく島に来た少女。
何がそんなに楽しいんだろう…?と思いながら、向けられた事がなかった、無償の笑顔に心臓がことりと音を立てる。
「……う…ん、息…つまるし…。星も…よく、見える…、外…。」
何を話したらいいんだろう、なんと答えたらいいんだろう…機嫌を損ねたりしないだろうか?
そう思いつつ、恐々と慎重に、ぽつ…ぽつと1つずつ言葉に出した。
何ともない言葉なのに、俺が1つ1つつむぎおとすたび、目の前の少女はこくこくと うなずいてみせた。
「星?星!好きなんですねっ?!」
ただの単語を拾い上げ、花を咲かせるように話を広げる。…すごいと思う。俺にはできない。
きらきらと、星のように輝いた笑顔に、また1つ、ことりと音が大きくなる。
…まただ…。何だろう、コレ…。そう思いつつ頭をかくと、長い銀色がさらりと視界をせまくした。「…うん…まあ…」なんて、無難な答えをすれば、明るく笑う少女。
「えっへへへ、2つめ、です」
大切な宝物を自慢するかのように笑って、確かめるように喋る少女に、ふと思う…。
……嫌、じゃ…ない…。これは…明らかに自分の情報だけ相手に渡って、自分は何も得ていない状況だと思う。俺は昔から自分のことについて探られるのが嫌で、人と顔を合わせないようにしていたのに…。
この少女になら、何故か、もっと、1つずつ、きちんと…、
伝わればいいと、思ってしまう。
「…きみ…は、こんな…時間、まで…仕ご…と…?…」
ぽつり。つむぎ始めてから はっとした。
何で聞いてるんだろう…。
人のことなんて全然気にならないのに…。さっさと切り上げて星を見に行こうと、最初は思っていたのに――
口が勝手に動くなんて、そんな経験初めてで、あばれ出した心臓に体がついていかないし、ぐるぐる廻る思考に頭がついていかない。どうしようもなくて
右手で口を覆ったまま目を上げれば あぁ ほら、少女は…
「ふふっ!魔法使いさんが質問してくれたっ♪―そうですよっ、仕事です!納品とか!」
一瞬見せた、きょとーんという顔はすぐに消え去り、満開の花が咲く。
ぎゅっ。心臓がつかまれる、そんな感覚――
時計より速くなった、おかしくなったとしか思えない心臓に手を置いて、何だろうコレ、何だろうコレ…おち、つけ…と念じている間(ま)に、少女の声。
「今日は収穫がいっぱいでした♪また、来てもいいですか?」
あぁ…きっと彼女は蝶なんだ。ひらりひらりと舞い踊ってつかめない、見る人全てを魅了する…、そんな生き物なんだろう…。
そして 砂漠のようだった俺の心に、1つ 花が咲いた
―荒野に咲いたアゲハ蝶 揺らぐその景色の向こう―…
「……うん……おいで…。」
そうだな、うるさくなった心臓の正体がわかってしまったから、
叶うなら、その羽根を休める時は、 どうか 俺の肩で――…。
―その羽根は、喜びの色とよく似ている―
(俺の心にも花が咲いたから、このミツをあげよう)
22.08