『ある朝彼はお偉いさん 「君は僕がいなくても平気ですか?」』
(あさき/「赤い鈴」より)
随分遅くなってしまった。
他島の神に緒用を頼まれ、「少し出る」と愛しい少女に告げたのは数ヶ月前だったか。
随分遅くなってしまった。
人間ながら我の恋人となった彼女は、怒っているだろうか。
リスのように頬を膨らませてぷんぷんと聞こえてきそうなくらい肩を上げて責めるだろうか。
そして、心配したと、泣くのだろうか。
彼女を想い、足を速めて帰ってきた。
早く、会いたい。
早く会って、謝らなければ。
今すぐ抱き締めて、あの愛らしい顔に花を咲かせたい。
そう思いながら足速に歩けば、辿り着く
神の座。
「ヒカリ」
愛しい名前を呼べば、ふわり揺れる、変わりない面影。
くりっと動いた林檎色の目は、くにゃりと半月を描く
会いたかった。
会いたかった。
確かめるように彼女に触れれば、くすぐったそうに笑う。
あぁ、帰ってきたのだな、我は。
ようやく実感し、胸に広がるは、安心感。心地よい、やすらぎ。
そういえば先程我を迎えた女神が、島の人間が1人死んだと言っていた。何かに耐えられず首を吊ったと言っていたが、何だったか。
人間は幸せに気付かず目先のことばかり気にして簡単に命を断つ。全く愚かなものだ。
女神も女神だ。そんな人間になぜ涙を流すのか…
…我が愛している少女も、人間か。
ふと気付いた自分の中の矛盾に、苦笑した。
随分遅くなってしまった。
彼女にすぐ戻ると言っておきながら、随分待たせてしまった。
辛い思いもさせてしまった。
全く、我は何をしているのだ…
愛する少女を不本意とはいえほったらかしにするとは
全く、我は何をしているのだ…
少女の墓の前で
触れていたのは冷たい石
‐消える幻想‐
『金魚鉢に映る彼女はくるくる流れる』
待って、られなかった。
伸ばした手は空をつかむ。
22.10