引き裂かれた、喉が痛い。
ひりと焼けた痛みを感じるだけ、自分は正常なのだろうと思う。
引き裂かれたと言っても本当に裂かれたわけではない。けれど、痛みと声を出せぬという役立たずに成り下がった喉を形容するのにぴったりな表現だと思う
実際、自ら望んでそうさせたわけでない事も含めて、そう思う。
今は声など出せなくていいのだけれど。
ぱき。いつのまに力が入っていたのか、床についた手の下敷きになっていた薔薇が折れた。
逆にあれだけ力いっぱい叩きつけた花束の、ばらばらとなった1本も折れていなかったことに乾いた笑いが漏れる。
じわじわと滲み出て深緑の茎を染める血は、その花びらよりも紅かった。
痛みのない手に苛つき、無造作に散らばった薔薇を手探りで掻き握りしめた。けれど、もうこの手は、この体は、何も感じてはくれなかった。
ただ薔薇の上に座りこんだ足と、薔薇を折る手からじわりじわりと血が滲んで零れるだけだった。
同化してしまえればいいのだろう。
この真っ黒な暗闇に、同化してしまえれば。
何もない何も感じない世界に、このまま消えてしまいたかった。
喪服にこの灯りのない部屋はとてもよく似合うと思うのに
薔薇が、それを乱す。
薔薇なんてものは、今ここに似合わない。
これさえなければ、私は闇に溶け込めたのに。
なのになのに、
なのにどうして、
どうして彼は私に薔薇を送ったのだろう。
白いカードが、床に落ちた赤い雫と触れ、みるみる侵略される。
結婚1周年と書かれた黒いインクは、じわりと滲んでぼやけた。
どうして、
どうしてこんなものを送ってきたのだろう
ならばどうして、
どうして自殺などしたのだろう
自殺するくらいなら、こんなもの送ってくれなくてよかった。
こんなもの送るくらいなら、この日まで生きて直接渡してくれればよかった。
そしたら、そしたらそしたら、わぁ綺麗な薔薇ですねって言ってテーブルに飾って2人でケーキを食べて笑って思い出話をするのに。
なのになのに、こんな、思い出だけ残して、丁寧に日時指定までして形だけ残るもの送ってよこして、勝手に死んでしまうなんて、ひどい。
どうして、
どうして私をのこしていったんだろう
なにか、
なにか一言くらい言っていってもよかったんじゃないだろうか
それくらいの時間くらい、のこしてくれてよかったんじゃないだろうか
どうして、
どうして私は気付けなかったんだろうか
毎日毎日毎日毎日一緒にいたのに
どうして、
どうしてどうして
どうして彼が最後にのこしてくれたものを、壊してしまったんだろう
ふわりと腰が浮く感覚は、恐怖というものによく似ていた。
それはもう取り返しのつかない「後悔」と同じ色をした。
目につく薔薇を手当たり次第に掻き集めて抱き締めても、くたりと頭を垂れてしまうだけで
もう、もうなにもない。
もう、なにものこっていないのだ。と、そう思い知らされる。
「うぁ…うあぁああ…」
締め付けられた喉はがらがらに掠れた不器用な音しか出せなくて
だけれども何かここで私が叫んだとして彼が戻ってくるわけでもなくて
きっと、もしかしたらこの不器用な喉が彼を傷つけていたかもしれないと
どこまでも役立たずな体が恨めしくなった。
同化してしまいたかった。
この暗闇に。
彼と同じこの黒に。
彼が身を投じた、この暗闇に。
どうかしてしまいたかった。
この無能な体を。
生きる意味も目的も権利さえもなくしてしまったこの命も。
どうかしてしまいたかった。
ぼたり、噛みしめた唇から血が滴る。
脈打ちながら流れるそれに、もう共になることはできないと
そう知らされるようだった。
引き裂かれた喉が痛い
花が萎れても鋭く残る棘はまるで私のようだ
主役が死んだというのに脇役にもならぬ飾りが何を無様に生き残るのか
対象のない意気込みはどうあがいても虚でしかないのに。
引き裂かれた喉は痛い?
赤い薔薇を君に贈ろう
-なんて安上がりな懺悔だろうね-
飲み込んだ棘は真っ赤な花を咲かせた
2402ヒカリたんと魔法使いさんって素敵。