春。
全ての生き物が生命を踊らせる、暖かで優しくて活発な春。
あぁ、早く来てくれないかしら
早くあの穏やかな風が髪を頬を植物を撫でてくれないかしら
あぁ、あぁ待ち遠しいわ
らんらんららら、らんららら
歌を歌えば、来てくれるかしら?
大地に耳をあてれば鼓動が聞こえる、そんな春は今どこに来ているのかしら
「あぁ、春早く来てくれないかな〜」
しゃああ、ジョウロがご機嫌そうに音を鳴らせて春の開花を待つ花壇の土を湿らせていく。
ジョウロを持つ私本人は独り言を呟いて。
あぁ、春、待ち遠しい春
春になればブルーベル村入り口にある滝を流れる水は、豊かで優しい自然を喜びながら重力に逆らって踊るんだわ
そして街は花に埋もれるの。あぁ、なんて素敵
でもだけど、意地悪な春さんは焦がれる心をじりじり焦らす。
暖かくなったと思ったらすぐ寒くなって。ウグイスの声は聞こえるけれど、まだ寒いまだ寒いと言っている。たんぽぽだって開いていない。
あぁ、春はまだかしら?
ベストに湿らせた花壇がちょうど途切れた時、視界の上端に赤い帽子が入った。
「郵便屋さ〜ん」
「!サト」
目の前を走り過ぎていくそれに顔をあげて呼び止めれば、ディルカは足を止めて振り返った。
「郵便屋さん、春の便りはまだかしら?」
「…は?」
きょとん。点と点と点。冬の大三角のようなカオをした彼はすぐ夏の太陽みたいに笑った
「サトは本当面白いこと言うよな」
お腹を抱えて笑う彼に、そんなに変な事言ったかしらと首をかしげていると「よっこらせ」と彼は私の庭の芝生に寝転んだ。
「えっちょっとディルカ何してるのよ〜」
「きゅーけーい!」
疲れたんだよ俺はっと嘘か本当かわからない事を言ってにかっと笑った彼に、「もう、」と息をつくと「お前も来いよ、隣」と芝生をポンポン叩いた。ポンポンじゃなくて、わさわさ音がしたけれど。
ごろり、わしゃり。言われた通り寝っころがってみた。
空はまだ冬の色。でも髪や首や腕や背中や足にあたる芝生は、どこかほのかに暖かい。ほんやり。そんな感じかな、と春に似合いそうな言葉に笑った
「春はまだかなぁ…」
ぽつり。空を見つめて呟いた言葉に、隣で寝そべる彼がこちらを向いた気配がした。
「春の便りを運ぶのはお前だろ?」
「えっ?」
彼の言葉の意味がわからなくて
思わず彼の方を見ると優しい萌黄色の目と合った。一度瞬いたそれが逸らした視線につられて見た先は、
春になれば一面の花畑になる予定の花壇。
「あそこの花壇や畑に花いっぱい咲き誇らせて、お前が春を報せるんだろ?」
「…え、あ…」
「皆、楽しみにしてんだぜ!」
ふわり。
間違えて蝶が止まってしまいそうな。
目の前で一足先に咲いた花に、あれ、なんか熱いなぁなんて。
春。
全ての生き物が生命を踊らせる、暖かで優しくて活発な春。
大地に耳をあてれば鼓動が聞こえる。
春はもう、すぐそこかもしれない。
春の郵便屋さん
‐最初にお届け致しますは、恋の花‐
(花が咲いたら、一番に報せてあげよう。)