彼女は、世界みたいだと思った。
 
 
 
「なんか、不思議だよね」

 
ガタタンガタタン
雨の日の屋内は、何だかわくわくする。
いつもと同じはずなのに、煌々と輝く白い蛍光灯が、特別に見える。小学生の時、そう思った。
 
それは、今でも、電車の中でもおんなじで。


 
「?」
「あ、妻先さんの事じゃないよ」


 
ほら、ソースついてる。と口元を拭えば、久しぶりに僕に向けられた目は再び先程まで一心不乱にがっついていたたこ焼きへと向けられた。
 
それにしてもよく食べるな、と思った。
彼女は気付けば常に何かを食べている。こんなに小柄で細身のどこに入るのだろう。
 
ふぅ、と息をついて再び窓の外に目を置く。
…そもそも何故僕は彼女にこんな話をしているのだろう。
 
青を含んだ鼠色に染まった情景は、不動のドアや窓が嘘のように横に流れる。
 
中と外ではまるで異質のものだな、と思った。
 
「合成みたいだ。」
 
まるで下手くそな合成。
次々に流れ変わる世界に思わず呟けば、2人しかいない車内に案外響いた。
 
なにか反応してくれるだろうかと思い見た彼女はやっぱりたこ焼きにしか興味がなくて。
もしかしたらと抱いた淡い期待は簡単に砕かれた。
 
不思議だ、本当に。
 
まさしく「切り取られた世界」という言葉はこの情景のためにあるのだろうというように。
完全に確立した2つの世界を眺めながら、
隔立(かくりつ)、なんて。と笑った。
 
「、」
「、え?」

 
普通なら聞き取れないような声でこぼした彼女の声は、この広く静かな空間では音となって響いた。
それでもなんと言っているのかはわからなかったのだが、
反射的に見た彼女の手はたこ焼きの箱に置かれて、それに向けられていたはずの視線は床に投げられていた。

 
「妻先さん…?」
「…」
 
先程逃してしまった言葉をどうにか取り戻せないかと呼び掛けてみても、彼女は床に視線を突き刺したまま微動だにしなかった。

 
(だめ、か…)
2人きりになった事は何度かあったと思うが、彼女からコンタクトらしき物を受けたのは初めてだった。だから、どうしても言葉を繋げたかったのだけれど。
 
謎。一言で言ってしまうならばその言葉がぴったりだった。
彼女の事はわからないものがあり過ぎる。ミステリアスなんて、そんな言葉で片付けていいものではない程の。
 
ガタン、ガタタン。
規則的に続くリズムが2人の体をおんなじ様に揺らす。
 
彼女はどうすればまた話してくれるのだろうかと窓に目を向ければ、照明で輝いた世界は一瞬で暗くなった。
 
「不思議だね。」
「、え」
 
彼女の言葉が聞こえた。否、正確に言うならば「聞こえた気がした」のだけれども。
 
でも思わず喉から変な出方をした声より先に彼女を向けばあながち幻聴でもないかななんて。
 
見たことないくらい優しくて自然な微笑みを口元に湛えて、包み込むような目で流れる景色を見ていた。
 
「…うん、不思議」
 
例え幻聴だったとしても、彼女が僕の言葉に反応を見せてくれた事がとても嬉しくて、身体中をくすぐる感覚に笑みがこぼれた。
 

 
 
世界みたいだと思った。
この世の中はわからない事ばっかりで、ちっぽけな僕なんて突き放されてばかりだと思う。
それでも時折嘘みたいに優しく抱き締めてくれる。
彼女はそんな世界みたいだと思った。

 
 
くるりとこちらを向いてたこ焼きを差し出してくれた彼女に思わず笑いながら、そう思った。
 

 
 
ちぐはぐ
‐それもいいかも。‐
 
 
 
やっぱり、妻先さんもね。