『もしも僕がいなくなったら 最初の夜だけ泣いてくれ』

(JULEPS/「旅立つ日」より)

 

 

痛い。痛い。

灼けるような痛みに咳き込めば

いつだって 駆け付けてくれる、優しい、声―…

 

「大丈夫ですか!?」

 

青白い月光だけが照らすこの部屋で、

揺れる、愛らしい人。

 

うん、大、丈夫。」

 

にこり。彼女と出会ってから

自分も持っていると気付いた「笑顔」で応えた。

 

「何かあったらすぐ言って下さい

安心したような、泣きそうなような、そんな表情で膝をついて俺の手の甲にキスを落とす少女は、

俺の、妻となった人。

 

ヒカリ………

その、世界を照らすような名前を呼べば、

 

「はいっ?」

 

1秒でも時間を惜しむように反射的に

顔をあげてくれる。

ぐしゃり。後ろ髪が潰れて膨らむ。

 

名前……呼んで……、俺の

もう、何回もないかもしれないから。

 

 

 

ゲイル………

俺の気持ちを察してくれたのか

静かに、凛と 縋るように

彼女は呼んでくれた。

 

結婚したことで

ようやく呼んでもらえるようになった「名前」。

これから、たくさんたくさん、呼んでもらいたいと、思っていた

 

思って、いたのに

 

 

……ヒカリ

 

存在を確かめるように、その無花果色に、触れる。

 

 

ごめんごめん、ヒカリ

 

一筋二筋、溢れる。

 

「なんっなんで、謝るんですか」

ぼろりぼろり。つられたようにこぼす彼女に

隠せない感情。

 

 

「ヒカリ、ヒカリ俺、は先に逝くみたい、だ」

 

大切な人がいなくなる悲しみは、嫌というほど味わった

 

人間の何倍も寿命を持っていた筈の俺は、

どうやら今度は愛する人を

残していく番らしい。

 

 

あの悲しみを、彼女に与えてしまうらしい

 

 

「そんなことっ言わないで下さい!!!

駄々をこねる子供みたいに

ふるふると首をふる

 

 

諭すように俺も首をふりながら

うまく力が入らない腕で抱き寄せれば、血のような涙。

 

 

残される度、

何故俺だけいつもと

連れていってくれと

 

思っていたけれど

 

あぁ

この身体を恨んでいたけれど

 

 

なんで、今更――

 

ヒカリ…………

なんで今なんだ。

幸せにやっと気付いた今、

早すぎる。

 

それならなんで

彼女と出会う前じゃなかったのか、

遅すぎる。

 

 

……だよ」

 

怖い。怖い怖い。

彼女と離れたくない。

彼女を残していくなんて

この腕が、届かなくなるなんて

 

 

止められなかった言葉に

彼女は唇を噛み締めるように

滲ませた

 

あなたが世界を閉じるなら、私も幕を下ろします」

 

 

どこか望んでいた恐ろしい言葉に

 

穏やかに目を閉じた。

 

 

 

『もしも僕がいなくなったら 最初の夜だけ泣いてくれ 君と僕が過ごした時を 思い出しながら見送って』

 

追葬

その月、教会の鐘は2回なる

 

 

生きてくれ、とは言えなかった。

 

22.10