『今 彼女が空へ向ける機械は
(筋肉少女帯/「機械」より)
「魔法使いさん!早く早く〜!」
「ヒカリ…もうちょっと、待って……」
頭上から降る子供みたいな声に、呆れながらどこか嬉しくて声を張る。
「綺麗です〜…!」
彼女は今俺の家の二階で望遠鏡を覗いている。
簡素な台所でコーヒーを煎れている俺は、背を向けているにも関わらず、ヒカリのはしゃぐ様子が手にとるようにわかる。
かしゃっ。2つ並んだティーカップの乗ったトレーを持ち上げると、2つのカップは揃って動揺する
「あ〜魔法使いさん!急いでください!」
たんたんたん。と階段を上がれば、眩しいくらいの星明かりと、穏やかに跳ねる鼓動。
「…星、は…逃げないよ…」
どうぞ、とカップを置けば、すいませんありがとうございますと変わらない笑顔。
一度離れたカップはまた再び床に並んだ。
「だって、見せたかったんですよ!」
早くあなたに、といたずらに笑う彼女は、その一言でどれほど俺が揺さぶられるのか、知っているのだろうか。
「…どれ…?」
「あれです!!」
もう何度目になるかわからないこの時間を、何故だろうか
飽きない自分がいる。
かちゃ。何となく1人では飲みたくなかったカップが1つ離れたから、俺も手にとって飲んだ。
…不思議な気分だ。と、目の前にある望遠鏡を見ながら思った。
人間から逃れて籠もったこの家で、ただ1人で造り上げ、ただ1人で眺めていた望遠鏡。
それが今では…。
…不思議な気分だ…。
それが嫌だと言うわけではなく、ただ漠然と、穏やかにそう思った。
「ふふっ!」
「……どう、した……?」
急に声に出して笑った彼女に
首をかしげれば、
「同じように見えて、毎回毎回変わるんですね。この一瞬は、今この瞬間にしかないなんて、すごいなぁって!」
そしてそんな時間を、魔法使いさんと過ごせるなんて、と
ふわり、ことり。揺れる笑顔と揺れる鼓動。
あぁ、眩しいな、と思った。
まるで星のような。
燦然と輝きながら、どこか闇と馴染むように優しく、
俺を傷付けた太陽のような光ではなく、全てを静かに包みこむ光。
そしてそれでいて、
時に激しくまばゆい光を放つ。
「…ヒカリは…変だね…」
くすりと笑いながら、カップを戻す。
「えぇーっそうですか?」
そしてまた並ぶ。そんな些細な事がこんなに嬉しいだなんて。
ゆらゆらゆら、揺れて、変わる
コーヒーの波紋と
瞬く星達
そして、俺の生きる、この世界。
今、2人が空へ向ける機械は
誰にも愛されぬ人の悲しみ
その全部を、悲しみの雫を、
空に返して、夜空に輝けばいい
「…だけど…、幸せ、だね…」
望遠鏡
‐ほら、見えたのは幸せな未来‐
君との、変わらない未来
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変わらない=揺るぎない
22.10