『今 彼女が空へ向ける機械は  誰にも愛されぬ彼の思い出』

(筋肉少女帯/「機械」より)

 

 

 

「魔法使いさん!早く早く〜!

「ヒカリもうちょっと、待って……

 

頭上から降る子供みたいな声に、呆れながらどこか嬉しくて声を張る。

 

 

「綺麗です〜…!

彼女は今俺の家の二階で望遠鏡を覗いている。

簡素な台所でコーヒーを煎れている俺は、背を向けているにも関わらず、ヒカリのはしゃぐ様子が手にとるようにわかる。

 

 

かしゃっ。2つ並んだティーカップの乗ったトレーを持ち上げると、2つのカップは揃って動揺する

 

「あ〜魔法使いさん!急いでください!

 

たんたんたん。と階段を上がれば、眩しいくらいの星明かりと、穏やかに跳ねる鼓動。

 

星、は逃げないよ

 

どうぞ、とカップを置けば、すいませんありがとうございますと変わらない笑顔。

一度離れたカップはまた再び床に並んだ。

 

 

「だって、見せたかったんですよ!

 

早くあなたに、といたずらに笑う彼女は、その一言でどれほど俺が揺さぶられるのか、知っているのだろうか。

 

 

どれ?」

「あれです!!

 

もう何度目になるかわからないこの時間を、何故だろうか

飽きない自分がいる。

 

 

かちゃ。何となく1人では飲みたくなかったカップが1つ離れたから、俺も手にとって飲んだ。

 

 

不思議な気分だ。と、目の前にある望遠鏡を見ながら思った。

 

人間から逃れて籠もったこの家で、ただ1人で造り上げ、ただ1人で眺めていた望遠鏡。

 

それが今では

不思議な気分だ

 

 

それが嫌だと言うわけではなく、ただ漠然と、穏やかにそう思った。

 

 

 

「ふふっ!

……どう、した……?」

 

急に声に出して笑った彼女に

首をかしげれば、

 

 

「同じように見えて、毎回毎回変わるんですね。この一瞬は、今この瞬間にしかないなんて、すごいなぁって!

 

 

そしてそんな時間を、魔法使いさんと過ごせるなんて、と

 

ふわり、ことり。揺れる笑顔と揺れる鼓動。

 

 

あぁ、眩しいな、と思った。

まるで星のような。

燦然と輝きながら、どこか闇と馴染むように優しく、

俺を傷付けた太陽のような光ではなく、全てを静かに包みこむ光。

 

そしてそれでいて、

時に激しくまばゆい光を放つ。

 

 

 

ヒカリは変だね

 

 

くすりと笑いながら、カップを戻す。

 

 

「えぇーっそうですか?」

 

そしてまた並ぶ。そんな些細な事がこんなに嬉しいだなんて。

 

 

 

 

 

ゆらゆらゆら、揺れて、変わる

コーヒーの波紋と

瞬く星達

 

 

そして、俺の生きる、この世界。

 

 

 

今、2人が空へ向ける機械は

誰にも愛されぬ人の悲しみ

その全部を、悲しみの雫を、

 

空に返して、夜空に輝けばいい

 

 

だけど、幸せ、だね

 

 

 

望遠鏡

ほら、見えたのは幸せな未来

 

 

 

 

 

 

君との、変わらない未来

 

 

 

 

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変わらない=揺るぎない

 

22.10