真っ黒なカラスが背負う空は、

どこまでも青くて

彼が背負うには、重すぎるだろうと思った。

 

 

 

 

ごめんなさい

……なん、で……?」

 

 

謝る私と、優しく聞いてくれる魔法使いさん

 

いつものようにいつもの時間、いつものコーヒーを水筒に持って

彼の家に来た。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……

……………

 

ぼろぼろぼろ

大きな雫は溢れてこぼれて

受けとめるのは、木製の床だけ。

 

謝罪の言葉を連ねる私に困惑しながらも優しく微笑んでくれる、

 

 

彼が、好きだった。

 

 

まほ、つかい

ひくひくひく。

横隔膜は震えて、瞼は痙攣のように揺れる。

詰まった声で紡いだ言葉に、何の意味があっただろうか

 

 

いつものように席に座った。いつものように彼はカップを出してくれた。いつものように私はコーヒーを注ぎながら彼に笑いかけた。彼は、いつものように応えてくれた。

 

 

なのに、

 

 

なのに

 

 

 

ぐるぐるぞわぞわ。

心の中を、渦巻きながら掻き回す

黒い黒い気持ち

謝罪と後悔と絶望感。

 

 

あぁあ、聞いてしまった。

 

 

私は聞いてしまった。

彼の過去を、彼の人生を、彼の悲しみと苦しみを。

 

 

知りたかった。

彼を知りたかった。

だけど怖くて

傷付けるのが、

嫌われるのが。

 

聞いてはダメだと、

知っていたのに

 

 

聞いて、しまった。

 

 

 

 

「魔法使いさんは、どうして1人なんですか?」

 

 

 

 

聞くつもりはなかった。

 

彼は優しいから、

聞いたら必ず答えてくれる。

それでも、

それだから

 

 

ほら、だって彼は答えてくれた。一瞬目を見開いた後、

かなしそうにかなしそうに細めて。微笑んで

 

 

 

裏切られた、から。」

 

 

 

充分だった。

長い孤独と、人間への恐れと不信感、そして諦めに似た絶望感。

彼の目は、全てを語っていたから。

 

 

聞いてしまった、

聞いてしまったんだ。

 

 

彼の辛さを。

彼が人間を好んでいないと。

 

 

恐れていたのに、私は、

彼の悲しみと

彼の苦しみに、

触れてしまったんだ。

 

 

……ごめんなさい、」

 

咄嗟に出たのは、謝罪にもならない謝罪。

 

 

傷付けてしまった抉ってしまった触れてしまった踏み込んでしまった知ってしまった

 

 

正面をきって、人間は嫌いだと、言われてしまった。

 

 

ぼろぼろぼろぼろ

今の私にそんな資格はないはずなのに。

 

魔法使いさん…!

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、

尽きる事のないその単語に、彼は優しく手を添える。

 

 

頬に触れた手の優しさは、まるで羊皮紙に染み込むインクのような。

穏やかにじわりと、ピリオドをくれる。

 

 

……ヒカリ、

 

床だけが受けとめていた雫は、一度温かな彼の手に溜まり、こぼれる

 

ヒカリは、俺を拒絶する?」

 

悲しみの色はちらりと揺れて

深く刺さる

!!まさかっ、そんな…!

 

ぶんぶんぶん

彼の手を握って首を振って否定すれば、安堵したような、彼の声

 

 

そっか、良かった。」

魔法使いさん

 

 

零れるように呼べば、真っ直ぐ見据える

大好きな彼の目

 

 

ヒカリ、俺は、人間が信じられない

……!

 

 

なぜ、今それをもう一度言うの?

あなたの闇を照らす事は出来ないの?

 

 

だけど、だけど聞い、て?」

?」

 

 

 

滲んだ景色の中、

真っ直ぐな彼の目だけは

滲まずに

 

 

 

俺はヒカリが好きだよ

 

 

 

 

だからそんな顔しないでと

おでこをくっつけてきた彼に

心臓が止まりそうだった。

 

 

 

 

 

そうだ、今日ね?

来る時カラスを見て、あなたを思い出したの。

あんな大きなものを背負って、闇を表すような色をして

厳しい自然界で闘って。

カラスが背負う空は、どこまでも青くて、

彼が背負うには、重すぎるだろうと思った。

 

そして、彼が背負う青は、限りなく高くて、

彼はどこまでも自由なんだと思った。

 

だから、

 

 

「私は、あなたを支えたいです

 

 

いつまでも側で

どこにもいかないで?

 

 

 

心の開き方

こじ開けたら、壊してしまう

 

 

 

知る事は怖いけれど、

彼を受け入れる事は何も怖くない




22.10