この世には、
もどかしいものがある。
例えば、ガラス越しに伝う水滴のように、
見えているのに触れられない
そんなような。
「…ヒカリ、コーヒー…飲む?」
オレンジ色の優しい光が町中を包む頃、
彼といるこの空間はとても優しい。
「はい!いただきます!」
ゆっくり流れる時間と、呼吸と心音と窓の外の日常のBGM
そして挽きたてのコーヒーの香り
「…どう、ぞ…」
「ありがとうございます」
かたり。
彼の動作によって生まれた音も、心地よい
がたん…。
木製のイスをひいて、彼はまた本を読み始める。
お互い特になにか喋るわけではないけれど、
毎日繰り返す時間。
私はこの時間がとても好きだった。
かちゃっ
カップを持てば、黒は揺れて
(…いい香り)
一段と感じられる香りに、目を閉じる。
「……、ふふ……」
「?」
不意に、小さく笑った彼を不思議に思って見れば、
優しい目
「…ヒカリ、いつも…そうす、る…飲む時…」
「えっ…」
確かにどうやら、私はいつも彼のコーヒーを飲む時は目を閉じているみたいだった
見られていたことがなんだか恥ずかしくて
そうですか?と口を尖らせたけど、
彼が私の癖を見つけたこととか、じゃあさっきも見てたんだ、とか、そんなことで笑うんだとか、
なんだかおかしくて私も思わず笑った。
「、なんで…笑った????…」
「ふふふっ、なんでもないです!」
急に笑いだした私に少し目を丸くする彼と、
きっと言ったら拗ねるだろうなという思考に
頬の緩みは止まらなかった。
たまに、
たまにだけど、
彼と話していると聞こえる音がある。
(あっ…、まただ)
とくんとくんと、心臓が跳ねる音
最近この音の正体が何なのか
わからなくって
もどかしくって
ずっと気になっていた
(何の音なのかなぁ、)
カップを持ったまま考え始めた私に、トライアングルのように優しい彼の声
「…好き、だな、ヒカリといる…この時間、」
どくん!!
今まで聞いたことないくらい飛び跳ねた音に驚く
今、今、何と反響したのだろう
彼の言葉?
どの?
一緒にいるこの時間が…、
彼は、
彼も、
私も、
…私…は、
あぁわかった、この正体は
もどかしいものがある
例えば、ガラス越しに伝う水滴のように、
見えているのに触れられない
そんなような。
そんな時は、自分から
ガラスの向こうへまわればいいんだわ
「…私も、好きです」
ガラスなんて、この温度で溶けちゃうんだから。
めるてぃんぐ
‐、とける。‐
ガラスの外に出た私に、
もう進めない道はない。
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とける→溶ける
とける→解ける=わかる、解放される
22.10