無知で愚かな人間の、

たった一つの願い。

 

 

 

覆してこそ常識なんて誰が言ったの

―――――

 

 

 

 

たとえば、朝が来れば陽が昇って。

 

夜が来れば月が昇る。

 

 

 

そんなこととおんなじに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もいい天気ですね、神さま」

 

 

 

「みてください神さま、あの雲神さまによく似ています」

 

 

 

雨だった。私たちが暮らす下界ではもうすぐ雪の季節なのにぼとぼとと絶え間なく重い雫が降りかかる。

 

だけどやっぱり神の座はそんな事おかまいなしに厄介なくらい眩しい陽があたっていた。

 

だからやっぱりここは人が入ってはいけないところで

 

やっぱりここでは下界の常識なんか通用しなくて。

 

 

 

神の世界の常識なんか知らないし、神さまの事なんてなにもわからない。

 

神さまの事なんて、なんにも知らない。

 

 

 

だから

 

 

 

「知りたかったんですよ」

 

 

 

あなたのことが。

 

 

 

どんなに疎まれても、どんなに追い返されても、

 

これからも毎日毎日ここに通えばあなたに会えて

 

毎日毎日お話すれば、ちょっとは心を開いてくれるんじゃないかなんて。

 

だってこれから先は長いからって。

 

 

 

決めつけてたんだ。

 

 

 

あなたは永遠にここにいると。

 

 

 

「これじゃお花がしおれちゃいますね」

 

 

 

だってだって、考えたこともなかった。

 

 

 

あなたが死んでしまうなんて。

 

 

 

神さまが死ぬなんて「下界の常識」じゃ通用しないんですよ。

 

「あなたが死なないこと」が、どうしてここでは通用しないんですか。

 

 

 

私はなんにも知らなかった。

 

神さまにも寿命があるだなんて

 

意地悪なひと。

 

教えてくれれば良かったのに。

 

そうしたら、そうしたら私は

 

もっともっともっと――

 

 

 

あふれ出る「もっと」は小さな雫と一緒に頬を伝った。

 

もっともっともっと、

 

「もっと」の先が見つからないまま流れてしまったそれに、呆れるようにうなだれた。

 

 

 

もっと、なんて嘘。

 

もっとよりもずっとずっと大切なことが一つだけあったんです。

 

 

 

「すき、すきなんですかみさま」

 

 

 

明日こそは明日こそはきっといつの日にかと

 

言えずにいたこの想いを

 

もっと前に、もっとより前に伝えておけば良かった

 

 

 

「どうして死んじゃうんですか?、」

 

 

 

私より先に。

 

こんな小さな命よりも先に。

 

 

 

「ばかみたいじゃないですか、」

 

 

 

寿命を決めるはずのあなたが、寿命でいってしまうなんて。

 

 

 

「なんとかいってくださいよかみさま、」

 

 

 

いつもみたいにふんと鼻で笑ってから我は死んでなどおらぬ、死ぬ筈がなかろうと言ってくださいよ

 

 

 

「なんとかいってくださいよ、」

 

 

 

早朝に来たんですよ、

いつも嫌がっていたじゃないですか

ほら、今日は怒らないから皮肉を言ってくださいよ、

 

 

 

「すきなんですよかみさま―…

 

 

 

どうしてなにもこたえてくれないんですか

 

 

膝から崩れ落ちてついた岩場はいつのまにか濡れていた。

 

わからないことがいっぱいあって、ぐちゃぐちゃに絡んだ頭の中は

 

耳の奥のじんとした熱さにどろどろ溶けてぼろぼろ流れた。

 

 

 

 

 

朝が来れば陽が昇って

 

夜が来れば月が昇る

 

 

 

そんなこととおんなじように

 

 

 

神は絶対の存在で

 

私よりも長生きする

 

 

 

あぁ、それがここでも通用すればよかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

「いやだいやですいなくならないで…!

 

 

 

届かない声は黒い雪空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

神無月

‐10月に見た雪

 

 

名前すら知らなかった。





23.07