☆語りはチハヤです
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「馬鹿じゃ…ないですか…?」
どしゃ降りの雨の中 泥にひざをつく僕はたった今全く同じ台詞を言うつもりだった。
ざぁざぁと降り続く雨がうっとうしく顔にかかるが、ぽつりと呟かれた言葉の主を見るため顔を上げた。
すると僕の右隣には…
「…ヒカリ…。」
僕と同じようにびしょ濡れでヒカリは立っていた。俯いているため、表情はわからない。
右手に男の子を連れ 背中に女の子をおぶっている。…彼女の子だ。
「ヒカリ…、その子達も君も…風邪ひいちゃうよ」
人をいたわるという事は彼女から学んだ。傘とタオルを差し出したいが、生憎両方持っていない。
どこか雨宿りの出来る所へ…と、立ち上がり彼女の肩に手をかけたが、ヒカリは僕の手をはらい、先程僕がひざをついていた丁度隣にひざをついた。
…まるで自分を見ているようだった。
これは動かせなさそうだ、と僕も先程の場所にしゃがみこむ。
僕の頭は今、殆どまわっていない。だから傘を取りに行くという簡単な発想さえ浮かばなかった。
そのぼんやりとした頭で僕はちらりと視線を上げる。
その視線の先には 一つの墓標。
僕が彼女と同じ事を言おうとした墓。彼女がその言葉を向けた、墓。彼女の夫が眠る墓―…。
「馬鹿じゃないですか?」
彼女は再び同じ言葉を吐いた。
はっきりと雨の中 僕の油断しきっていた鼓膜を揺らした。
普段の彼女からは想像のつかない言葉。絶対言わないだろう言葉。
びたびたに濡れた無花果色のせいで彼女の横顔は欠けていて
表情は読みとれない。
小さな男の子は、この状況がわかっていないのだろう。不思議そうな顔で母親を見上げていた。
彼より小さな女の子は寝てしまっている。
「何が明るい未来ですか」
再びヒカリが口を開いた。先程より口調も荒く強くなっていた。
「何がずっと一緒ですか」
責めるような口調…僕は声に震えを見つけた。
「私一人、子供二人をどうやって育てろっていうんですか!」
泥に手をつけ、彼女は続けた。
「親子四人で!牧場を続けながら!旅行に行ったり!星を見たりするって!いろんな事を教えてあげるんだって!言ってたじゃないですか!!!」
「まだ何もしてないじゃないですか!」
泣きながら墓にすがりついた彼女の姿は、恋人を責め問い詰めるようだった。
「ヒカリ、」
僕は彼女を墓からはがそうとした。
離してどうするのかと考えたわけでもなく ただ、そこに彼はいなくて、それは君の愛した彼ではないと気付いてもらいたかった。
「どうしてですか!どうしてですかぁあ!!」
「ヒカリ!!」
でも彼女は離れようとせず、墓に問い続ける。僕に目もくれずに。まるでそこに、彼がいるように。
「なんで死んじゃうんですかあぁっ…!」
とうとう彼女は“彼”をなぞるように崩れ落ちた。
慟哭した彼女の背に手をそえながら“彼”を見る。
あぁ…馬鹿じゃないのか君は。僕とした約束を忘れたのか 彼女を泣かせないと、幸せにすると
彼女は君を選んだのに 僕じゃなく誰でなく君だったのに
僕が得られなかった幸せを こんな簡単に捨てていくのか
君は本当に―…
「バカじゃ…ないのか?」
嘲笑とも嘆きともつかない声になった僕の言葉は ぽたりと墓に落ちた。
置いてけぼりの心たち
‐落ちた雫は、雨か、涙か‐
(やっぱり君は、魔法使いなんかじゃなかった)
22.04