「桜の下には死体が埋まってるんだとさぁ。」
積み上げられた、湿り気を含んだ土に囲まれながら崩れるように膝をつけば
あの人から貰った黒外套は土とも泥ともとれぬそれで汚れていた。
「僕は、何を―…。」
自嘲を込めて零した自問は乾いた哂いとともに掠れ
堰がきれたように押し寄せる現実に、天を仰ぎ咆哮した。
「知ってるかい、新入りクン。」
「…。」
一心不乱に任務を終えアジトに帰るその道の途中だった。
やけに愉しげな様子で声をかけてきた主をちらと見やると、自分とは遠い場所でよく見たことのある顔だった。
この入り組んだ暗闇で、完全に気配を消した状態で声をかけてくるなど、下級の者ではないと思ったが。
それが五代幹部の一人であったことに戸惑い肩を揺らすと、にやと気味の悪い笑みを向けられた。
こんな処で、自分に、何故声をかけたのか。そんな疑問や相手が五代幹部であることも忘れ、不愉快さに思わず立ち去りそうになれば、悠々と、そしてかわらず愉快そうに「まあまあ待ちなって。」と引き止められた。
「キミさぁ、随分仕事してるんだって?壊れちゃうんじゃないかって心配してるよ。」
何故そんなことをこの人が、何のために自分に?誰が僕の心配など?一向に繋がる気配すら見せないピースに苛立ちを募らせながら見やれば、「そんな怖い顔しなくて良いんじゃナイ?」と歪に笑う。
「誰がとは言わない約束だから言わないけど、心配してるヤツがいるからさぁ〜。もうちょっと気楽に生きたらどう?」
「…。」
心配、気楽に。自分とは縁遠い言葉の羅列に、背中に鉛を乗せたかのように、地に沈む思いがした。
「誰が、僕の心配など、」
そんなものはもうない、
そんな者はもういない。
手を差し伸べ、僕が必死に背中を追いかけたあの人はいないのだ。
僕に残されたのはこの暗闇と孤独なのだ。
僕は、独りだ―
「気楽になど、生きられぬ!僕はあの人に認められる以外にこの生に価値などないのだ!あの人は僕を捨てて行ったわけではない、けして…けして!!」
あの人は、きっといつか、必ず、
溢れるままに叫んだ言葉に、けたたましい笑い声が響いた。
「生きているとも限らないのにねぇ。」
笑い声から突如一切笑みの含まれない暗く冷たい調べで放たれたその言葉に思わずその胸元を掴めば、表情を失ったかのように冷たい目に射竦められる。
「、あの人は、生きている…!」
先程までと同じ人物とは思えないような暗く重い威圧感に噛みつけば、再び口角を歪に上げた。
「うん、まあ僕もあの人が死ぬとこなんて想像できないから〜。冗談だよごめんね?それより喧嘩しに来たワケじゃないからさぁ。」
威圧を消し飄々と笑いながら手をひらひらと遊ばせる姿に、掴みどころのない気味の悪さを感じ、言葉の意図を汲みあぐねながら手を緩めた。
「頑張るのも良いけど、気分転換も大事じゃないの?って話。知ってる?あのずっと枯れ木だと思ってた桜、今年咲いたんだってさァ。丁度良いじゃない?」
お花見でもして、気持ち落着けたほうが良いよ。
そう言葉を続け、胸元を掴む手を静かに外された。
「じゃあそれだけだから〜」と向けられた背に、全く飲み込めていない状況への戸惑いと警戒の目を向けると、「あ、」とその人は立ち止った。
「桜の下には死体が埋まってるんだとさぁ。」
「そんな話もあるよねぇ。」
振り返り言われた言葉に反応した時には既に、姿も気配も消えていた。
今まで咲かなかった桜の木
今年花をつけた桜の木
そんな筈はない。
そんな訳がない。
そんな馬鹿げた話を真に受けている時間はない。
人の言葉など信用ならない。
容易く信じてはならぬと、そうあの人は教えてくれていたではないか
身を持って体感してきたではないか
“もしかしたら”…?
そんな馬鹿な話が
あるわけないのだ。
は、と気付けばそこは桜の下で、
見渡せば根元を一回り抉った土が乱雑に散って、囲まれるように積みあがっていた。
足元には抉られ、露出した桜の根と土しかなく、まるでそれは虚のようだった。
力が入っていた手を緩めれば、きつく握っていたらしい円匙が足元に刺さり倒れた。
膝から折れるように崩れれば、黒外套が汚れているのが目に入った。
あの人が、僕を拾った時に僕に下さった、黒外套が―…
その瞬間、これまでの感情が破裂するように全身を駆け、喉が張り裂けるほどに天に吠えていた。
桜の迷信
-此処にも貴方はいない-
どんな形でもいい、
ただ、再び会えることを願っていただけ。
(元相棒はきっとそんな相棒の後輩を心配したりもすると思う。)
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