「マイちゃん!それ塩ですよぅ!

「嘘っ!わわわ!!

 

聖夜。あちこちからクリスマスソングが聞こえてくるこの夜に、私はヒカリさんとケーキを作っていた。

 

「危なかったぁ〜」

 

「パーティーに出すケーキしょっぱくしちゃうところだった」、と舌を出せば、間に合ってよかったと笑う彼女。

綺麗だな、と思った。

普段見られない腕まくりだとかエプロンだとか台所に立つ姿だとか、そんなものにどきどきして見惚れてだから今塩と砂糖も間違えそうになったんだけど。

 

「今日は皆来てくれますかね〜」

 

はっ。彼女の言葉に我に返ると、見惚れたままかきまぜていたボウルの中身がちょっとこぼれているのに気付いた。

 

「き、来てくれるよ!きっと!

 

慌ててそう答えながら、さりげなくこぼれたものを手で流しに払う。

べちょん。シンクに着地したそれを見て、思う

ボウルから飛び出てしまっただけのことなのに、彼女はもう「ごみ」なのだろう。嫌な顔をされて、流されるだけ。

あぁ、まるで私みたいだ

「皆と同じ」からはみ出てしまった、社会的に異質なもの。

 

だから決して、こぼれた事を悟られてはいけない。

 

 

「ヒカリさんは良く作るの?」

 

料理!と笑いかけると、彼女も笑ってくれる。

大丈夫、私は「普通」。

 

「はい、1人暮らしですから!

「そっかぁ〜、じゃあ上手なんだねぇ」

「えぇっ?!それとこれとは別ですよぅ〜」

 

ふふふっ。片方が笑いだせば2人が笑いだす。

幸せ。

だから、今 ヒカリさんの手料理食べてみたいとか一緒に暮らしたいとか思ったのは内緒。絶対、内緒。

 

 

「後は焼くだけですね」

「そうだね〜!

 

あぁ、終わってしまう。

2人だけのこの世界が。

もうすぐ2人だけでいる口実はなくなって

もうすぐ人がたくさん来ちゃう。

 

あぁ、時間が止まればいいのに。誰もこなければいいのに。

 

だって、そしたら戻ってしまう。

 

私が異質な世界に。

 

だって、そしたら気づいてしまう。

 

 

私の想いは異様な物だと。

 

 

だって、そしたら見えてしまう。

 

この想いは叶わない事が。

 

 

「綺麗に焼けるといいですね〜」

 

にこにことオーブンを眺める彼女が、誰を想って今日ここに立ったのか。誰を想ってケーキを作ったのか。誰を想って今オーブンを見ているのか。

 

あぁ、あぁ。

 

「ふふっ、待ち遠しいですね」

 

 

その笑顔は誰に向けたものなのか。

 

 

「、マイちゃん?どうしたんですか!?」

 

ぐらり。吐き気によろめいた私に声をかけてくれる彼女。

あぁ、何でどうしてそんなに優しいの

 

顔をあげれば、心配そうに覗き込む彼女の目とあった。

寄せられた眉と目に宿った哀れみは、まるで異質な物を見るそれに見えた。

 

あぁ、そんな顔で私を見ないで、私は普通なの、私は大丈夫なの、ねぇお願いだから

 

「ヒカリさん、」

 

何でしょう、まっすぐに私を見るその目に、縋りたくなる。

 

お願い、

 

一度でいいから

 

 

―…大丈夫だよって、言ってもらえないかな

 

 

好きって言ってと言いたかった。でも言い掛けてやめた。

だって、そんな事したら余計虚しくなるだけで

余計叶わない恋だと気付いてしまいそうだったから。

 

それにこの言葉は「好き」よりも

 

「マイちゃん、」

 

 

ずっとずっと

 

 

「大丈夫ですよ。」

 

 

安心する言葉。

 

 

 

 

 

(普通って、なんだろう)

 

 

左右反対の恋

まるで鏡のようでいて、普通じゃない

 

 

 

にこりと微笑んだ彼女の笑顔は、いつもより儚く、神秘的に見えた。

 

 

 

鏡を割っては、いけないのかしら。