風が、強くなった。
春といえば強い風、そして居心地の悪さ。
風が強くなると、あぁ今年も春が来たのだと思っていた。
昔いた島に桜の開花と共に訪れた新たな住民は皆、暗い家に引きこもる俺を稀有な物を見るような目で見た。悪質な興味本位で見て行く人もいた。
強い風、騒音、居心地の悪さ。
だから、春は厄介だと思っていた。
思って、いたのに
「優しいですね〜魔法使いさん」
ふわり、頬を撫でる風のような声にぐんっと意識を引き戻された。まるで車と正面衝突をしたような衝撃にはねた体を落ち着かせると、処理の追い付いた頭が「ヒカリが話掛けたのだ」と告げた。
あぁ、そうだ、ここはもうあの島でも薄暗い家でもなくて、隣に座る彼女が引っ張ってきた広い広い草原。
ちらりと彼女を見ると目を合わせてきて
「風が、とても優しいです」
にこりと 花が咲くように笑った
2人で腰掛けたベンチの足元からはふわりと薫り立ち、上ってくる土の匂い
時折吹く風も穏やかで、あぁ、なんて静かなんだろう。
隣でにこにこと笑う彼女は近くの木を指差して言った。
「見てください魔法使いさん、葉っぱにダイヤモンドがついています」
「?」
この季節に珍しく降った雨は、はさはさと揺れる緑の葉に名残を残した。
ダイヤモンドみたいですね。先程の彼女の言葉の意味をそう捉え、うん、そうだねなんて何て事はない返事をする。
確かに、ダイヤモンドみたいだ。
「大きな水溜まりは一部分しか光りませんけど、小さな粒は全体で光るんですね」
大きな宇宙からしてみれば小さくて、されど人間や俺達にしてみれば大きなこの草原の
そんな小さな所に彼女は目を向けるのか、と思った。
けれど彼女のそんな小さな事を知ってしまった事が嬉しくて
きっと彼女ならば「苺のように甘くて大きな収穫」だなんて表現して笑うのだろうと、つい頬笑んでしまった。
「…小さな幸せ…に、大きな愛…があたれば…、大きな水溜まりの…比じゃない強く…まばゆい…光が放てる…」
例えば、そう、今この瞬間のような小さな幸せに。
君も、この瞬間を幸せだと思ってくれていたら
君と、この俺も、一緒に光を感じられたら
大きな宇宙に届くくらい大きな光を放てたら
あぁ、幸せなのに。
昔の俺なら考えられない柄にもない考えに静かに目を閉じて、打ち消すように首を振りながら頭をかくと
「じゃあ私たちは今とっても輝いているんですね!」
あぁ、心地いいな、なんて。
ぎらぎらぎら、強すぎて近すぎる夏でも
弱すぎて、離れすぎた冬でも
知らん顔した他人行儀な秋でもない、
優しく穏やかに暖かい距離にいてくれる
春を、俺は好きになった。
謳歌、青春歌
‐ほら、胸がじんわり喜びの色‐
風は、強い。
でも、とても暖かい。