「魔法使いさん!見て下さい!」
きらきら。輝く目で彼女が指差した先は、空。
何百年振りに見た午前の空は、どこまでも高くて。
あぁ、こんなに綺麗だったかな、なんて。
「凄いですねぇっ!ここは絵の具をべーったりつけたみたいな濃い空色で、向こうはすーっごく薄めた空色みたいです!!」
いちいち空を差し示して語る少女にかかる空は確かに、
見上げたそこはいかにも「空色」。そして遠く見える先の空は、限りなく澄んだ空色だった。
「…うん、ホント…だね、」
「ですよね?!うふふっ!グラデーションってやつですよね?」
こくん。頷いた俺にはしゃぐ彼女は、さらに言葉を続けた。
「自然界でも存在するんですねぇ〜!すごく不思議じゃないですか!?なんだか嬉しくなってしまいます!」
「…嬉しく…?」
「はい!あ、大気にも色があるらしいですよ!凄いですよね〜…」
はぅ〜と想いを馳せるように目を細めた彼女の言葉は、僕のパレットをぐちゃりと掻き混ぜた。
「違う…よ」
「?」
ぽたり。真っ白なキャンバスに零れた色は、緑のようで穏やかでない、黒。
「、あれは…光の散乱や吸収…目の錯覚…でしか、ない…つま、り、存在…しない…。」
ぱたり。瞬かれた苺色は、なるべく見ないようにして。
「…なにが…ホント、か、わからない…視覚が…信じられないなら…何も信じられない…。」
ねぇ、そうだろう?
本当に綺麗なものなんて、自然界に…この世には存在しないんだ。
信じれば、裏切られる。そんな世界なんだ。
ぐちゃぐちゃぐちゃ。世界と書かれた俺のパレットは、いつだって黒しかなくなったんだ。
いろんな色を、汚い色を継ぎ足されに継ぎ足されて。
ふわり、横で揺れた無花果色は
不意に俺に触れた。
「魔法使いさんはこうしてさわれますよ。とっても綺麗ですけど、確かに存在します。」
凛。それはパレットやキャンバスに降った水のように。
見つめた無花果色は、空色と混ざることなくそこにいた。
「例え他の誰かがそれを否定しても、何回でも私は肯定し続けます。」
あぁ、ふやけた。
俺を傷め続けた何万の言葉を、
彼女のたった一言がぼやかして、消してしまった。
真っ黒になったキャンバスは、ぐにゃぐにゃにふやけて破れた。
あぁ、存在したんだ。
綺麗な綺麗なグラデーションは、確かにここに。
「…綺麗…だね。…」
君の世界は。
久しぶりに笑った俺の笑顔は、想像以上に自然だった。
雀の千声眺めの空に溶ける
‐それは何よりも優しい色‐
綺麗に流れたパレットに、次はどんな色をつけようか。
―――――――
まったく関係ないけど空って星があると近く見えますよね!