彼による「美しさ」で造られたのが私だというのなら、きっと私は世界で一番美しい少女なのだろう。
「ただいま戻りました。」
「あぁ、お帰り。」
石レンガの壁に手をつきながら開けた戸口の前で帰りを告げれば、枢機卿様はどこに行っていたんだい、寂しかったよと笑った。
「おや、ほら髪に木の葉がついているよ、こっちに来なさい。」
「はい」
一度軽く頷いて小走りによれば、彼の手が私の髪を掬う。
この大きくて冷たい手は、万人の人を包むためにあるのだという。彼が、この教会の外に出た時にそう私に聞かせてくれた。
この、冷たい手で私の頬をなでながら。
この、冷たい手が。
「せっかくの美しい髪に木の葉など、…いや、木の葉を絡ませたその姿すら画になる…やはり私の目は間違っていなかったのだ。」
彼は高い背を屈ませながら恍惚とした声色で私の髪に口づけた。
その手を引き戻すのが視界に入ると、ウェーブのかかった水色の髪がわずかに入る陽の光を浴びてきらきらと光った。
美しい。多分、彼が言うのだからこの世で一番美しいのだと思う。
「手首をみせてごらん。」
「はい。」
優しい声に促されるまま袖をまくりあげて腕を差し出せば、白い肌を彼が掴む。きっと、これも美しい。
「うん、だいぶ繋がってきたみたいだね」
嘘のように見えなくなってくる縫い目に、もうすぐこの「手」も私のものに…基彼のものになるのだと
その縫い目をなぞる彼の指を見ながらに思う。
あぁ、もうすぐ、この美しい手首は私のものになるんだ。これでまた一つ、彼のお気に入りへと近づけたのだ。
そう思うと、血が沸き立つように背中を駆け上る。
私は、彼のものになる。彼のものになってみせる。
一度彼にそう告げたことがあるけれど、「君はもう私の物じゃないか」と笑われた。でも、そうではないのだ。
そういうことでは、なくて。
「カーディナル様」
「、なにかな?」
私の手に見とれる彼の柔らかな髪を見つめながら呼べば、ふっと視線を上げて応えてくれた。
「抱きしめて、いただけますか」
「あぁ、いいとも」
私の急な我儘に不思議な顔をするでもなく、優しく、力強く抱きしめてくれた。膝をついて抱きしめてくれた彼の髪が頬にあたりくすぐったい。
あぁ、
と思う。
あぁ、私はなんて幸せなんだろう。
髪じゃなくて手じゃなくて、私を見てほしい。
私だけを見て、私だけを愛してほしい。
「カーディナル様」
「ん?」
あなたのお気に入りの声。あなたの愛したこの声を持っていた少女はどんな子だったのだろう。時々そんなことを考えては、自分の一部となったそれに嫉妬する。
ばかみたいだ。彼の目を引いた美しさなのだから、存分に使わなくては。いつも、美しくいなくては。
「いえ、申し訳ありません。」
呼んだだけなのです。そう言えば、優しい彼は「いいのだ」と笑う。
「もっと、その美しい声を聞かせてくれ。」
にこりと笑った彼に包まれた手が感じたぬくもりは私のそれよりずっと冷たくて、きりりと心臓に刺さる。
2人だけになれたら、と思う。
2人だけになれたらいいのに。
教会の外なんていらない。
私とあなただけの世界。
そうしたらきっと、あなたは私だけを見てくれる。
偽りの博愛主義者になんてならなくていいの。
万人なんて包み込まなくていいの。
ほかのひとなんていらない。
あなたのかげぐちをいうこじいんのひともいらない。
わたしと、あなただけのせかい。
そうしたら、そうしたらああしあわせなのに
しあわせなのに
しょくじをして、にわのきのみをひろって、もうすぐはっぱがおちるねなんてはなしをするの
ふたりだけで
ふたりだけで
ふたりだけで
そうしたら、
あぁ、そうしたら、
「カーディナルさま、」
しあわせなのに。
「あいしております」
彼による「美しさ」で造られたのが私だというのなら、きっと私は世界で一番美しい少女なのだろう。
だって、私にとって彼は世界で、世界は彼でしかないから。
先よりも強く抱きしめられた彼の腕の中、歪んだ世界に薄くわらった。
嗤え、娼負よ
-造られた少女の、愛までも造ろうというのか-
私のすべてが美しいというのなら、
私の嘔吐物ですら、彼は愛してくれるのだろうか。
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