溺れていたのは、誰?
 
 
 
「バッカじゃないの」
 
ごぽり。沸き立った試液が音をたてて。
そんな風に吐き捨てて(かめ)を振り返り掻き混ぜる。
 
「えー、どういう意味?」
「そのままの意味よ。」

 

だって、あり得ないでしょそんなの。と鼻で笑いながら言えば、振り返り見たユウキは「そうかな」と首を傾げた。

 
「そうよ、あり得ないでしょ?」

 

2人が元々1つだったなんて。自信ありげに彼が言った言葉を嘲笑えば、胸を預けた背もたれの上 腕を組む彼は唇を尖らせた。
 
「俺はそうだと思うけどなー」
 
ぎしぃっと背もたれの木をならせて身を乗り出す彼にため息をつき、再び瓶を混ぜる。

 
「証拠はあるわけ」
「証拠?証拠かー」
 

うーんと軽い声を出す彼を背に、緑色の沸騰した液に嘆息。
失敗だわ、これは。
沸き立ってしまった時点で失敗なのよ。沸騰するのは嫌いなの。だって、なかなか冷めてくれないから。
 

「あれだ、俺は魔女様に会う前はすげぇ寂しかった」
 

なによ、それ。
もっとマシな事言えないのかしらと呆れれば、声もない。
ていうか「あれだ」ってなによ。別にどうでもいいけど。
 

「でも魔女様に会って、あぁっこれだ!って衝撃が走ったんだよ。あぁ俺はこの子の魂の片割れだったんだって」
 

うわ、何その虫酸が走る話。
心の中で嘲笑いながら台にしていた椅子からおりて、瓶の火を消した。
 

「聞きなさい、ユウキ。」
 

いい加減、わからせないといけない。振り返り言えば、ユウキも少し真面目な顔をする。
 

「あんたとあたしはアダムとエヴァだわ。」
 

恋だなんて御法度で、愛だなんて厳禁なの。禁断なのよ。
 

「あたしがあんたなんかと付き合うわけないじゃない。」
 

それにね、アダムとエヴァはそれぞれ1人。1つなんかじゃなかったの。
 


「…わかったら帰りなさいよ。」
 

そう言い捨て、瓶の中身を捨てようと杖を当てる。
残念だったわね、恋だの愛だのそんな感情に溺れるのがいけないのよ。
そんなのは沸き立つ最中は増えたようにみえても、冷めてみれば減っているの。
 

「…」
 

何も言わなくなった、けれど立つ気配もない彼を訝し気に振り向けば、顔を埋めてかたかたと肩を揺らしていた。
 
え、何。泣いてるの?
だけれどその揺れは泣いているというよりも…―
 

「あははははっ!!」
 
ぶはぁとこらえきれなくなった笑いを爆発させて、耳が痛いくらい大きな声で笑いはじめた。
 
「な、なによ!?」
 
何がおかしいの、狂ったわけ?
訳がわからなくて眉をよせたまま呆然とそれを見続けていれば、呼吸を整えながら彼は言葉を発し始める。
 
「はー、腹いてぇ。」
 

自分だけ状況がわからなくて、焦れったくていらいらと「何?」と聞けば
 

「魔女様、俺に告白してるわけ?」
「はぁ?」
 

告白?あまりに馬鹿馬鹿しくて、なんだいつもの都合のいい解釈かと力を抜けば、ぽんと言葉が投げられる。
 

「アダムとエヴァって、楽園を追放されてまで愛を貫くだろ?」
 


、あ。
笑顔で放たれたその言葉に、顔も体も熱くなる。
あたし、あたしなんて馬鹿な事、と慌てても、もうその発言が帰って来るわけじゃない。
 

「それに、」
「!?」
 

床に目を泳がせていたあたしの耳に、急に近く囁かれた声。
驚いて顔をあげれば、あんたいつの間にそんな近付いたわけ。
 

「エヴァはアダムの骨から生まれたんだぜ。」
 






 
 
沸騰するのは嫌いだった。
だってなかなか冷めないから。
だけど、なのに、それなのに、
沸き立つ感情に、その海に溺れていたのはあたしだった。
冷たい水に漂っていた魚は、沸騰した水に為す術もなく
どんなにあがこうと叫ぼうと、声帯のない言葉は、ヒトの言葉と伝わらない。
 

 
にやりと笑う彼に、どうにか言い負かしてやりたいと思うのに
 

「魔女様ってエヴァと言うより人魚姫みたいだね」
 

人魚だと言われた私は海に溶けた。
 


 
 
 
剥がれた鱗
‐堅いと思っていた鱗は意外に優しく‐
 
 
 
 
 
零れて初めて気付いた本音。


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