私の住んでいる小さな島は、きれいな海で囲まれています。
でも、海に遊びに行くことはできませんでした。
海の色の目、不思議な色の髪、高い背、高い鼻の「がいこくじん」に占拠されているからだとじじはいいました。
お外に出たらころされるから、だからお外にはでちゃいけないとみんながいいました。
けれどあるひ、私たちと同じくらいの背をした兵隊さんたちがたくさん島に来て、食べ物を奪ったり怖いことをするわるい「がいこくじん」をおいはらってくれました。
兵隊さんたちは、「ていこくぐんじん」と言って、にほんという私たちと同じ「しまぐに」からきたのだと言いました。
「これよりこの島は、大日本帝国の支配下に置く。」
そう宣言した兵隊さんたちに、ままは私を抱きしめて泣きました。「また辛い日が来る」。そう言って泣いたままに、だけど私はそうかなぁと思いました。
私と同じ黒い目に黒い髪、低い背に低い鼻。かくしょうはないけれど、お友達になれそうだと思いました。
それから、私たちのくらしは大きく変わりました。
海に遊びに行っても怒られないし、お外で遊んでもころされたりしない。それと、「がっこう」というものを兵隊さんたちが開いてくれました。釣りや畑しかできなかった私たちも読み書きができるようになりました。「おべんきょう」というものはとても楽しくて、兵隊さんたちがくれた「きょうかしょ」をボロボロになるまで読みました。
「兵隊さんこんにちは!」
「こんにちは、そんなに走ると転ぶぞ」
兵隊さんは、挨拶するとかならず笑いながらへんじをしてくれました。だから、私も、私の友だちも、怖がっていたままも、島のひとみんなが兵隊さんたちの事をすきになりました。
いつのまにか兵隊さんたちは島のみんなと仲良くなって、島のみんなの笑顔がかえってきました。
兵隊さんたちは優しくしてくれるし、おなじ「がいこくじん」でも大違いだとじじもままもいいました。どうしてその時ままは泣いていたのかよくわかりません。でも、泣きながら笑っていました。
あるひ、島に聞き覚えのある音がひびきわたりました。
それは、もう二度とききたくないと思っていた、わるいがいこくじんがいた頃の音でした。
「アメリカが仕掛けてきた!」
「もうこの島にまでか…!?」
いつも穏やかで優しい顔をした兵隊さんたちの顔が、急にこわくなりました。たいほうを撃ってきたあめりかという国のがいこくじんも、海の色の目をしていました。
「この島は直に戦地となる。その前に貴様らは去れ」
島中の人を集めてそういったのは、兵隊さんの中でいちばん偉い人だったそうです。
ここにいたらあぶないから、にげないといけないってことだと、ままに聞きました。
だけどその夜に、じじやぱぱ、島のおとこのひとが皆で集まって、なにか難しい話をしていました。
そして、いちばん偉い兵隊さんのところに行って、
「私たちも一緒に戦わせてください。貴方達の力になりたい。」
と言ったそうです。だけれど、いつも優しかった兵隊さんたちは、冷たい目でこう言ったそうです。
「帝国軍人が貴様らなどと共に戦えるか。弁えろ。」
じじたちは、裏切られたと悔しそうに拳を膝に叩き付けていました。
けっきょく、仲間だと思っていたのは私たちだけで、兵隊さんたちにとって私たちはただの支配下の人間でしかなかったのだと
ままは唇を噛みながらぼろぼろ涙をこぼして説明してくれました。
あくる日、そんな兵隊さんたちから逃げるように
朝早くおふねで島をでました。
「兵隊さんたちは、ここに残るの?」
「もうあんなひどい人たちの事は忘れなさい」
おふねから、少しずつ離れていく砂浜に向かって乗り出すと、ままはそう叱ってわたしのすそをぐいと引っぱりました。
まったく、ひどい目にあった。
あいつらが来なければ、私たちもこの島を出ることはなかった。
仲間だと思っていたのに。
それはもう言うな、そういう人種だったのだ。
おふねに乗った島のみんなは、くちぐちにそう言いました。むずかしくてよくわからなかったけれど、喋り方や、お顔から、いいことを言ってるんじゃないんだろうな、とは思いました。
どうしてなんだろう、あんなに仲が良かったのに。
どうして、島のみんなはそんなことを言うの?
どうして、兵隊さんは急に冷たくなったの?
ままは、「あなたもいずれわかる日が来るわ」と言いました。
本当にわかるのかな?好きだったお友達を急に嫌いになる気持ちが?そんなの、なんか、いやだな。
そう思ったらなんだかすごく寂しくなって、砂浜の方を見ました。
そしたらいつのまにか砂浜だった景色は島になっていて、来たことがないくらい遠く離れてしまったんだと気付きました。
急に怖くなって、どんどん離れていく島に帰りたくなって、だけどもう帰れないきょりだって私にもわかって、
はじめて感じた想いに、ぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれてきました。
そしたら、
「あ、あれを見ろ…!」
おふねを漕いでいた人が急にそうさけびました。
震える腕で指差したその先には、私がさっきまで見つめていた島で、だけど明らかにさっきなかったものがちょうど砂浜のところにありました。
なんだろう、そう思って滲んでぼやける目をこすると、
「兵隊さん!」
たくさんの、ううん多分全員の兵隊さんが、砂浜に出てきていて、私たちに向かって大きく手を振っていました。
ざわざわとする私たちのおふねに向かって、あの偉い兵隊さんが大きく息を吸い込んで、こう叫びました。
「島の住民が!他島へ無事に渡り付くことを!我々は心より願う!」
あんなに離れた島から、すんなり届いたその言葉に、私たちはうごけなくなりました。
口を手で覆ったり、目を見開いたみんなは、そうしてすぐその見開いた目からぼろぼろと涙を流しました。
みんながおふねの島側にかけよって、ひくひく泣きながら負けないくらい大きく手を振りかえしました。
引き返そう、そう叫んだ1人の人にみんながさんせいして、引き返そう引き返そうと言いました。
私も、引き返したいとおねがいしました。やっぱり、兵隊さんたちは優しい人たちだったのだということくらいは、私にだってわかったからです。
でも、でもだけど、おふねを漕ぐ人はだめだと言いました。
だめだ、だめなんだ、そんなの。そんなの彼らは望んでいないし、いま、引き返したって、邪魔になるだけなんだ。
ぼろぼろ泣いて、顔をぐしゃぐしゃにしながらその人は言いました。
叫び声のような泣き声でいっぱいになったおふねに、おうたが聞こえてきました。
びっくりして声のする方をみれば、兵隊さんたちが肩を組んで大きな声でおうたをうたっていました。
それは「がっこう」で兵隊さんが歌ってくれたことのあるおうたでした。「仲間を讃える歌」だと言っていました。
おふねに広がる泣き声が、ひとつそのおうたに変わったと思ったら、いっせいにみんながそのおうたをうたいはじめました。私も一緒に歌いました。
みんな鼻をずびずびして、ぐちゃぐちゃな音程になったけれど、大きな声でみんなで歌いました。
組んだ肩を揺らしながらうたう兵隊さんたちのお顔は、泣いているのに笑っていて、あ、いちどみたことがある。と思いました。そしてままを見上げたら、おんなじおかおで歌っていました。
みんな、声が聞こえなくなって兵隊さんも島もみえなくなっても、ずうっとずうっとそのおうたを歌っていました。
そして
「ねぇおばあちゃん、あのおうたうたって!」
「あらあら、よっぽど気に入ったみたいだねぇ」
「うん!だいすき!」
あれから数十年、孫がちょうどあの時の私と同じ歳になりました。
今でもあの歌は、1人歌えば1人が歌い、その1人が歌えばまた1人が歌う。そして彼らとの思い出とともに代々歌い継がれる歌となりました。
兵隊さんが来た島
-なつがくれば、またあえる-
そして彼らには、もう二度と会えることはなかった。